ブータンにチベット仏教を広めたパドマ・サンババは、ブータンに来て最初の三ヶ月をこの僧院で瞑想して過ごしたと言われます。彼が虎の背に乗ってやってきたことから、ブータンで最初のこのチベット仏教僧院は、タクツァン(虎)僧院と呼ばれるようになりました。ブータン仏教最大の聖地です。 馬で登るのも大変なくらいの山奥で、最後は馬さえ通れない山道を登った所に、岩に張り付くようにして建つこの僧院は、人を寄せ付けないような雰囲気を持っています。 私たちは、酸素補給しても大変だったタンゴ僧院の山道の経験から、素直に馬を選びました。馬が足を踏み外さないよう祈りながら馬の背に揺られて約1時間、途中のレストハウスで、その後の30分の歩きに備えて休憩です。お茶を飲みながらふと南の空を見ると、虹のようなものが見えます。太陽が見え隠れしているのに上空の雲は厚く、遙か彼方の明るい空との間に虹のようなものが見えるという、何とも不思議な景色で、何か良いことが起きそうな期待感が高まります。
 僧院は銃を持つ兵士によって守られており、カメラはもちろん手荷物は一切持ち込めません。1998年、不審火によって僧院入り口部分の大きな建物が全焼してしまうという事件以来、観光客は信用を失ったのです。ガイドのトンジェイは、今は拝観ができなくなったパドマ・サンババの瞑想した部屋が見られるよう、僧院の担当者に一生懸命掛け合ってくれました。彼は鍵を借りてきて上の階へ行き、真上の床板を開けて、パドマ・サンババが瞑想した場所を懐中電灯で照らしてくれました。
 私は、その場所のエネルギーを感じてみて,その場所で坐ってみることにしました。10分あるいは15分後だったでしょうか、何やら暖かいものが私の頭の周りを包み、得も言われぬ満たされた感覚が入ってきました。何なのか誰なのかは未だに分かりませんが、あの感覚は忘れません。トンジェイは、早く次に行きたくて、行ったり来たりしていたそうですが、私が立ち上がると「どうでしたか?」と興味深そうに聞きました。彼に暖かいものの話をすると同時に、突然大きな雨音で雨が降り出しました。「誰か怒ったのかなぁ。」という私に、彼は興奮して言いました。「違う! 違う! 吉兆、吉兆。ブータンでは突然の雨や風は吉兆なんです。」
 帰り道、大雨の中を歩いてくると5分もしないうちに空は青空に変わりました。あの雨は本当に誰かが何かが喜んでくれた印だったのでしょうか。